宮城県登米市の時計・宝石販売店
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田口セイコー堂について

田口セイコー堂について

1946年(昭和21年)7月1日、商売で身を立てることを決意した先代社長が、自転車で行商を始めました。この日が、田口セイコー堂の創業記念日です。食品や雑貨、時計、万年筆、テレビと、時代にあわせて取り扱い商品を変えながら、1977年(昭和52年)に時計・宝石専門店となり、現在に至っています。

先代社長の決意の日から70年近く。高度経済成長、バブル経済と崩壊、リーマンショック、東日本大震災等を経験してきました。それでも今日、田口セイコー堂があるのは全てお客様のご愛顧によるものです。「初心忘るべからず」との教えのとおり、謙虚さや感謝の心を失うことなく、皆様に信頼され100年、200年と続く店でありたいと願っています。

田口セイコー堂について

会社概要

商号 株式会社 田口セイコー堂
創業 1946年(昭和21年)7月1日
会社設立 1960年(昭和35年)7月1日
資本金 5,000万円
代表取締役 田口 安英
社員数 4名(2015年10月末現在)
所在地 〒987-0511 宮城県登米市迫町佐沼字中江2-2-8
Tel:0220-22-2744 / Fax:0220-22-2618

会社沿革

  • 自転車で行商を始めた初代社長自転車で行商を始めた初代社長
  • 田口時計店時代田口時計店時代の写真
  • 有限会社セイコー堂時代セイコー堂時代の写真
1946年(昭和21) 7月1日、先代社長(故・田口清三)が商売で身を立てることを決意。
自転車行商を始める。
1955年(昭和30年) 公立佐沼病院(現・登米市立登米市民病院)前に「田口商店」を開店。
食品、雑貨、時計、万年筆などを商う。
1959年(昭和34年) 迫町佐沼の駅前通りに「田口時計店」を開店。
電化製品の販売も始める。
1960年(昭和35年) 事業を法人化。社名を「有限会社セイコー堂」とする。
1965年(昭和40年) 迫町佐沼八日町に移転。店名を「田口セイコー堂」とする。
1986年(昭和61年) 店舗を現在地に移転する。
※「ラザールダイヤモンド」ショップとなる。
1993年(平成5年) 会社組織を変更し「株式会社田口セイコー堂」へ。
資本金2,300万円とする。
2004年(平成16年) 資本金を3,500万円へ増資する。
2008年(平成20年) 米国リーマンショック発生。商売環境激変。
2011年(平成23年) 3月11日、東日本大震災発生。再出発を決意。
2012年(平成24年) 資本金を5,000万円へ増資。
100年・200年と永く続く経営を目指す。

スタッフ紹介

  • 代表取締役|田口安英
    代表取締役田 口 安 英 ( たぐち やすえ )
    健康を考える歳になってまいりました。お客様への感謝、お取引様への感謝、スタッフへの感謝。益々勉強し、努力します。
  • 常務|海野洋二
    常務海 野 洋 二 ( うみの ようじ )
    田口セイコー堂に勤め20年以上、時計にまつわるお客様の物語をたくさん見てきました。この先も、お客様と共に物語の続きを見て行きたいと思います。
  • 主任|中澤清恵
    主任中 澤 清 恵 ( なかざわ きよえ )
    いつの間にか、社長に次ぐ社歴となりました。年月は経っても変わらないもの、それはお客様の笑顔。それを見られた時、この仕事の喜びを実感いたします。変わっていくものと、変わらないもの、長い社歴で培った経験で、お客様に伝えていきたいと思います。
  • スタッフ|加藤幸枝
    スタッフ加 藤 幸 枝 ( かとう さちえ )
    田口セイコー堂に勤務しあっという間に長い年月が経ちました。私は、外食したり、お茶したり、いろんな店をのぞいてみたりするのが大好きです。脳味噌が固くなくならないように、その場、その時々に何か新たな発見を見つけ、少しでも感性を磨く努力をしています。「おもてなしの心」を大切に、日々精進していきたいと思います。
  • スタッフ|猪股裕子
    スタッフ猪 股 裕 子 ( いのまた ひろこ )
    「テレビは友達」。超が付くほどのテレビっ子です!特に70年代、80年代のアイドルや音楽が大好き♪毎日楽しくがモットーなので、お客様と砕けたトークができたらいいな!
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